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桜回廊開花・イベント情報
発行日: 2001年4月16日   発行部署: 商工観光課

さくら情報
桜開花情報

2012/05/08 '12市内の桜情報(5月8日:最終回)( 観光振興課 )
2012/05/06 '12白兎のしだれ桜(5月6日:最終回)( 観光振興課 )
2012/05/06 '12草岡の大明神桜(5月6日:最終回)( 観光振興課 )
2012/05/06 '12伊佐沢の久保桜情報(5月6日:最終回)( 観光振興課 )
2012/05/05 '12白兎のしだれ桜(5月5日)( 観光振興課 )
2012/05/05 '12草岡の大明神桜(5月5日)( 観光振興課 )
2012/05/05 '12伊佐沢の久保桜情報(5月5日)( 観光振興課 )
2012/05/04 '12白兎のしだれ桜情報(5月4日)( 観光振興課 )
2012/05/04 '12草岡の大明神桜情報(5月4日)( 観光振興課 )
2012/05/04 '12最上川堤防千本桜情報(5月4日:最終回)( 観光振興課 )
2012/05/04 '12伊佐沢の久保桜情報(5月4日)( 観光振興課 )
2012/05/03 '12白兎のしだれ桜情報(5月3日)( 観光振興課 )
2012/05/03 '12草岡の大明神桜情報(5月3日)( 観光振興課 )
2012/05/03 '12市内の桜情報(5月3日)( 観光振興課 )
2012/05/03 '12最上川堤防千本桜情報(5月3日)( 観光振興課 )
2012/05/03 '12伊佐沢の久保桜情報(5月3日)( 観光振興課 )
2012/05/02 '12白兎のしだれ桜情報(5月2日)( 観光振興課 )
2012/05/02 '12草岡の大明神桜情報(5月2日)( 観光振興課 )
2012/05/02 '12市内の桜情報(5月2日)( 観光振興課 )
2012/05/02 '12最上川堤防千本桜情報(5月2日)( 観光振興課 )
2012/05/02 '12伊佐沢の久保桜情報(5月2日)( 観光振興課 )
2012/05/01 '12白兎のしだれ桜情報(5月1日)( 観光振興課 )
2012/05/01 '12草岡の大明神桜情報(5月1日)( 観光振興課 )
2012/05/01 '12市内の桜情報(5月1日)( 観光振興課 )
2012/05/01 '12最上川堤防千本桜情報(5月1日)( 観光振興課 )
2012/05/01 '12伊佐沢の久保桜情報(5月1日)( 観光振興課 )
2012/04/30 '12白兎のしだれ桜情報(4月30日)( 観光振興課 )
2012/04/30 '12草岡の大明神桜情報(4月30日)( 観光振興課 )
2012/04/30 '12市内のサクラ情報(4月30日)( 観光振興課 )
2012/04/30 '12最上川堤防千本桜情報(4月30日)( 観光振興課 )


現在、長井市には、国から天然記念物の指定を受けている桜が2本あります(伊佐沢の久保ザクラ草岡の大明神ザクラ)。



久保桜とは・・・

所 有 者
長井市
所 在 地
山形県長井市上伊佐沢字蜂屋敷2021
指定年月日
昭和25年8月29日(旧法:大正13年12月9日)
説   明
長井市立伊佐沢小学校校庭の続きの一隅にある。
品種はエドヒガン。根周10.8m、目通りの幹囲8.1m、高さ約16m。幹の部分 は3つに分裂し、根元は空洞になっている。 枝張りは、東へ11.3m、西へ 10.4m、北へ9m、南へ6.5m。


 天保・弘化のころは枝が40アールを覆っていたので四反桜と呼ばれ、花時には米沢藩主が来観し、樹下10アール余りの土地は明治維新まで免税地であったという。
言い伝え(口碑)によると、幕末の頃、乞食が桜の根元のほこら(洞)に宿って炊事をしたところが、朽ちた部分に火が燃えついてやけどをしたので退散した。

 火は朽ちた部分を燃やし、養分の通う皮の部分まで焼いたので、大枝2本、その他の枝が枯れ落ちて、樹形が一変してしまったということである。乞食のたき火の事故の後、土地の人々は残った枝に支柱を立て、柵をめぐらして桜の保護を続けた。
 近年は地元の有志者が保存会を組織し、支柱も約60本にしているが、老化が目立つようになった。

 また、巨木にまつわる伝説として、坂上田村麻呂将軍と土地の長者の娘「お玉」との悲恋物語によって、この桜は「お玉桜」という呼び名が一般に広まっている。 樹齢は1,200年といわれている。
(長井市史 第4巻 210頁より)


大明神桜とは・・・

所 有 者
横 山 秀一
所 在 地
長井市草岡694 (横山 堯 敷地内)
指定年月日
平成17年7月14日
説   明
品種はエドヒガン。根周り11.10m、目通りの幹周り10.91m、樹高18.80m。枝張りは、東へ11.20m、西へ13.80m、北へ11.20m、南へ10.80m。

 かつて、大明神桜は枝の広がりが一反歩(991.74u)にも及び、家を覆っていたと言われています。言い伝えによると、伊達政宗が14〜15歳の頃、鮎貝の合戦に初陣として加わった際、戦いに敗れ、この桜の洞に隠れて難を逃れました。このため、後に家臣を遣わして保護にあたらせたということです。

 地域では、春の農作業の種まき時に桜が開花するので、種まき桜とも呼んでいます。

 見る角度によって2本にも見え、樹高・目通りとも『伊佐沢の久保桜』を上回る巨木です。幹の根元は空洞化していますが、不定根が幹化し、次世代への着実な歩みが感じられます。平成11年の大雪で枝が折れ、翌12年から樹勢回復事業を実施しています。



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